おめでたい席で、にぎやかに踊る伊予万才。
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伊予万才(いよまんざい)の一座を率いるのは、紋付き羽織、袴の太夫(たゆう)。一座は、踊り子四人に才蔵ひとり、滑稽に踊る次郎松から構成されます。三味線と太鼓は太夫と同じ衣装で登場し、ともに舞台の後方に並んで立って伴奏します。伝統的な舞台では、女の装束をまとった青年が太夫、才蔵、次郎松となります。現在では子供中心の演出になりましたが、華やかな衣装にテンポの速い伴奏で好評です。
松山藩主の松平定行が正月の行事として上方から万才太夫を招き、年の始めを祝ったのが伊予万才の始まり。それから150年ほど経った1806年になると、滑稽な踊りをする次郎松が加えられて人気を博しました。明治維新の後、わずかにこの芸を伝えたのが、沢田亀吉。彼の伊予万才を見た正岡子規は「沢亀の、万才見せう御国ぶり」という句をつくりました。