「星空」
 それは雲ではなく、天の川だったのです。

 星空をのんびりと眺める…なんてこと、最近ありますか?東京では(よほど都心を離れない限り)「夜空」はあっても「星空」と呼べるものはなかなかお目に掛かれません。
 満天の…とか、降るような…という形容詞がぴったり来るような「星空」を見た…という経験はありますか?
 フリートークに集まった人達に聞くと、やはり、小笠原、沖縄、長野…といった地名が上がってきました。でも、僕にとっての一番の星体験はなんといってもオーストラリアです。

 以前、ニューズレターや雑誌「DIVER」などでもリポートしましたが、昨年の夏、ホエール・ウォッチングの国際会議に参加するため初めてオーストラリアを訪れました。海もクジラも、期待以上に素晴しかったのですが、今ぼんやりとあの時のことを思い出すと、なぜか目に焼き付いているのが…「空」なんです。
 神秘的な紫に包まれた空港の朝焼け。ウォッチング船の甲板から見上げた突き抜けるような真昼の青空。そして、夜…宇宙のとてつもない大きさが分かるような、深い深い空。そしてそこに輝く無数の星…。
 訪れたのがシドニーやメルボルンといった都会ではなく、ホエール・ウォッチング以外には何もない静かな港町だったこともあり、空以外に見るものがなかったのかもしれません。1週間ほどの旅行だったのですが、空ばかり見上げていたように思います。とりわけ、あたりがすっかり暗くなってしまう夜には、小さな星までがくっきりと見える空をぼんやりと眺める時間がたくさんありました。
 そんなある夜、僕たちは夕食までの時間をのんびりとつぶすために、会議の会場に近い、海に突き出た長い長い桟橋の上をぼんやりと歩いていました。頭の真上を少し振り返るようにして夜空を眺めると、そこに白くてモヤモヤしたスカーフのような雲が浮かんでいます。「ん?昨夜も同じような場所に、同じような雲を見たような気がするなぁ…?」と不思議に思いかけて、気付きました。それは雲ではなく、天の川だったのです。


「光害」
 21世紀、地球はどこからも「星の見えない星」になってしまうのでしょうか?

 天の川といえば残念ながら、ほとんどの地域で今年も七夕は雨でした。 しかし、仮に晴れていたとしても東京の夜空には残念ながら天の川を肉眼で見ることは出来ません。僕もこれまで「あれが天の川」といえるものに出会ったのはオーストラリアが初めてでした。数えるほどしかない星空と、数え切れないほどの星空…同じ地球なのに、なぜこれほど夜空に違いがあるのでしょう?

 東京であまり星が見えない理由はいくつかあります。まずは夜の町の明るさです。「光害」などと呼ぶこともありますが、ネオンなどの照明が空気中のチリに反射して空全体が明るくなるため、星の明りが見えなくなるのです。満月の夜は星が見えづらいのと同じですね。
 季節の問題もあります。空気が乾燥している冬場に比べて、夏は空気中にたくさんの水分が含まれ、その水分がレンズの役割をして星が歪んで見えるそうです。また、夏場は空気の対流も盛んで、これも星が見えにくい理由の一つになっています。
 宇宙に散らばる無数の星たちが遥か遠くから放った光も地上にいる私たちは最後には大気というフィルターを通して見ることになります。そのフィルターが澄んでいれば星もたくさん、くっきり見えますし、濁っていたり激しく動いていたりするとよく見えないというわけです。

 こうした大気の影響を受けずに宇宙を観測するため、今や大気圏外に電波望遠鏡を搭載した人工衛星が打ち上げられています。先日もNASAが打ち上げた「ハッブル望遠鏡」が昨年12月に撮影した画像のなかから、これまで観測されたなかで最も遠い星〜140億光年離れた天体が確認されたという記事が新聞で紹介されていました。宇宙の誕生が約200億年前とされていますから、ほとんど宇宙が産まれたころの光を衛星がキャッチしたということになります。
 とてもロマンチックな話のようでもありますが、他の星を見るにはこの地球という星を出なければならない…というのも何か寂しい気がします。
 人は自らの心地よい住みかを求めて、山を切り開き、島に移り住みます。そしてそれがやがて、村となり、大きな都市へと発展していきます。
 人類は世界的に見ればまだまだ人口が増えていきます。そんな人類がこのまま便利さや快適さを求め、開発を進めれば、今は静かな小笠原や、沖縄、オーストラリアなどにも、夜も明るい都市が増えていくことも十分考えられます。21世紀、地球はどこからも「星の見えない星」になってしまうのでしょうか?


「星空」を取り戻すために…
 東京のような都会でも、きっと美しい星空を楽しむことができる日が来るはずです。
 しかもそれは皆さんの毎日、毎夜の過ごし方に関わってくるのです。

 イルカやクジラが泳ぐ美しい海の上に、夜、美しい星空が輝いているように、星空を取り戻すために、わたしたち自身が日常生活のなかで何かできることがないのか、考えてみましょう。

 南の島や、それに限らずとも、都会を離れてのんびりとした旅行に出かけたときなど、昼間おいしい空気をすって、心地よく体を動かし、普段の生活では考えられないほど早く眠りに就くことがありませんか?
 光害の大きな要因である企業広告のネオンや高層ビルの明りも、私たち一人ひとりが自然のリズムにあった生活をして、あまり夜は出歩かないというライフスタイルが主流になってくれば、誰も観ないネオンサインに企業も広告としてお金を使うわけにはいきません。同じ広告をするのでも別の方法に切り替えていくはずです。 そうなれば都市の「光害」はかなり改善されるはずです。
 さらに、間接的にはこんなことも考えられます。
 人々が夜型から昼型へと生活のリズムを移していけば、ネオンだけでなく、夜間の電力使用が減少しますよね。このことは電気エネルギーの節約に大きな意味をもちます。というのは、電気は蓄えることができません。そのためクリーンなエネルギー源として期待されている太陽発電の利用が進まないのは、このことが一つの理由となっています。日の差さない夜間の電力使用が減ることによって、こうしたクリーンエネルギーによる発電の利用が進むことにもつながるということもあるのかもしれません。
 また、私たちの使用している電気はその多くを火力発電に頼っています。もちろん石炭、石油を燃やすこれらの方法は大気を汚す原因の一つとなっています。(原子力もクリーンなエネルギーとは言い難いですよね。)電気の使用の減少、そして化石燃料から、太陽光などのクリーンエネルギーへと転換が進めば、星空のフィルターである大気もキレイになり、結果として美しい星空を取り戻すことにもつながるのかもしれません。

 なるべくお日様のリズムにあった生活をし、夜も出来る限り無駄な明りを消し(ご存じでしょうが、電球をエネルギー効率のよい蛍光灯や電球型の蛍光灯に変えることも有効です。電球は使用エネルギーの90%を光ではなく熱に変えてしまっています。)…。そして、心にゆとりをもち、夜は窓から星空を眺める…。
 東京のような都会(ある程度の生活の便利さを味わうことのできる場所)でも、きっと美しい星空を楽しむことができる日が来るはずです。しかもそれは皆さんの毎日、毎夜の過ごし方に関わってくるのです。

 それはまさに自然のリズムにあった暮らしなのかもしれません。私たちがよくいうこの自然のリズムというものも、太陽と地球、そして月の3つの星が織り成す微妙なバランスのなかで奏でられているのです。潮の満ち干きがそうですよね。また、サンゴやウミガメの出産は満月のときに行われるというのもご存じですよね。(本来は人間の出産もそうなんですよ。満月新月の夜とその前後は安産が多いそうです。)
 そしてこれら3つの星だけでなく、空に見えるすべての星と引力という見えない力で不思議なバランスをとり、宇宙は絶えず変化してます。私たちの命はその宇宙の変化のほんの一瞬に、この地球という星から産まれ出たものです。星空は、海よりも大きくイルカやクジラや私たちを包んでいるのです。
 もし、この夏、都会を離れ旅する機会があれば、夜、少しあたりを散歩して見てください。そして真っ暗な夜を過ごして見てください。時間があれば、その夜に見える一番大きな星(月の場合が多いでしょうが)と一番小さな星を見つけて見てください。そしてそれらと自分という命が同じ宇宙のなかにいることを思い浮かべて見てください。なにを思うか、なにが心に浮かぶかは人それぞれでしょう。ぽっかりとしたまるで宇宙のようなすき間があいてしまう人もいるでしょうし、大流星群のようにいろんなことが心に降り注ぐ人もいるでしょう。
 大切なことはそんな時間をもつことが出来ることです。家に帰っても、忙しかった一日の終わる夜、そのときの心の動きを思い返しながら、いつもより少し早く電気を消して、星空を眺め、眠りについてみるのもいいのではないでしょうか?

イラスト:小林 美和/文:大下 英和

今月のフリートークに参加した人々:
大下英和、稲垣誠二、加藤広明、水上さよ子、斎藤まどか、小林美和(以上、ニューズレターポッド)
大石実、義間秀樹、山崎俊雄

参考文献:「ほしぞらの探訪」山田 卓著 地人書館

 特集”地球に生きること”テーマ:[太陽(お日様)] [][] [][虫(むし)]


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