今回のテーマ:緑…「砂浜美術館」から学ぶ人と自然の付き合い方

「砂浜美術館」と「松原再生」
 『わたしたちの町には美術館がありません。
 美しい砂浜が美術館です。』(砂浜美術館のパンフレットより)

 高知県大方町。高知市から国道56号線を車で約2時間半、人口およそ1万1千人のこの小さな町には、太平洋に向かって大きく、約4キロに渡って緩やかに弧を描く 美しい砂浜があります。
 この美しい砂浜には、人の足跡より、小さな海鳥やカニの足跡が多く残されていま す。 そして、タバコの吸い殻よりもきれいな貝殻がたくさん打ち上げられています 。 こうした漂着物や小鳥の足跡を全てアートと見立てて、この美しい砂浜を「美術 館」にしてしまおう、というアイデアから1989年におそらく世界で唯一の、本物 の砂浜をそのまま美術館にした「砂浜美術館」の活動がスタートしました。
 「砂浜から地球のこと、考える」をテーマに、全国から募集したイラストや写真を Tシャツの胸にプリントし、浜辺に洗濯ものを干すように展示したり(Tシャツ・ア ート展)、浜辺を裸足でマラソンしたり(はだしマラソン)…。決して派手でもない し、それほど大がかりでもないけれど、ユニークな展覧会(?)が年に何度か催され ています。
 そんな砂浜美術館の活動の一つに「松原再生」があります。
 4キロの砂浜と家並や田畑が広がる集落の間には続く美しい松原。「身近な存在す ぎて、その価値に気付かなかった。皮肉にも松食い虫の被害は、それに気が付くきっ かけとなった。」というように、以前は樹齢100年を超す松が何本もあったそうで すが、残念ながら現在はそれほど古く大きな松は残されていません。そして今、松原 のところどころに小さな松の木の苗が何本も植えられています。 細い葉の緑も青く 、 まだ高さも50〜60センチしかないこの苗が、何十年か後に立派な松の木に育 っていくのだと考えると、ひょっとすると二度と訪れることがない場所かもしれない のにとても嬉しい気分になります。
 しかし仮にこうした取り組みが何十年か後に立派な松原を作り上げたとしても、そ れは以前の松原と全く同じものではありません。そこにもともと生きていた虫や小動 物のいくつかは姿を消し、逆に以前は見られなかった生き物が新しい松原を棲みかと するかもしれません。
 そういう意味では松原の「再生」というより、むしろ地域の自然と社会のつながり の中に新しい松原を「創生」しようという取り組みと言えるでしょう。

 屋久島の縄文杉やアフリカの大地にそびえるバオバブの木に人間が水をあげに行く 必要はありません。これまで人間が踏み入ることが難しかったゆえに、幸いにも、こ れまで手付かずのままに残されているこうした緑の場合、たった一本の木でも100 年単位のながい時間を掛けて、厳しい生存競争を経て、その土地全体の自然のつなが りの中にしっかりと組み込まれています。この場合は、人間が近づけない(地球遺産 の指定)、あるいは近づくけれど手を加えない(エコツーリズム)ようにして、自然 のままに保護することがおそらく最良の方法なのでしょう。
 こうした手付かずの自然を守ることも大切です。しかしその一方で、砂浜美術館の 松原再生のように、人とともに生きる緑、地域社会のつながりとともに生きる自然の 在り方を創生していくこともまたとても大切なことではないでしょうか。

「ホエールウォッチング」と「四万十川の森」
 大方町の周辺には、この入野の砂浜と松原以外にもさまざまな自然が残されていま す。その一つが「砂浜美術館」の館長でもあるニタリクジラです。
 大方町沖の土佐湾・播東海域には、沖合いに黒潮が流れ、陸からは日本最後の清流 と呼ばれる四万十川が注ぎ込む…といった環境からか、他ではあまり見ることのでき ないこのニタリクジラを始め、マイルカ、オキゴンドウ、ハナゴンドウなどが確認さ れ、ウォッチングの対象となっています。
 現在のところおよそ30頭前後が湾内に生息していると考えられ、そのうち14頭 が個体識別されているニタリクジラ。しかし、このニタリクジラとの遭遇率がここへ 来てかなり下がっているという話もあります。
 砂浜美術館が生まれた同じ年にスタートした大方町のホエールウォッチングも現在 では、1年間に2万人近い人がウォッチング船に乗ります。ニタリクジラとの遭遇率 低下には、こうしたウォッチング船の増加による影響があるのでは?と考えるかもし れません。
 しかし「ウォッチング船がクジラの生態にどのような影響を与えているのかは正直 に言ってよく分からない。それよりもむしろ海に注ぎ込む四万十川の水の汚れや、さ らにはその水源である森林の伐採が問題ではないか。」というような、クジラの棲む 海を取り巻く地域全体としての環境の変化による影響が大きいとするとらえ方もあり ます。

 大方町を訪れ、四万十川や入野の砂浜の美しさに驚いていると、「10年前を見て 欲しかった。浜も松原ももっときれいだった。」と地元の方に言われました。もちろ ん、四万十川の流域では、上流では森林保護、中流〜下流での水質保全(合成洗剤を 使わない…中村市)など、その美しい流れを守ろうという活動が取り組まれています。
 そしてさらには、ホエールウォッチングについても、乗船客に出来るだけクジラや イルカ、漁業、自然環境の話をし、海にいながらにして、四万十川の水源の森に至る までの全体としての自然を感じ、知り、理解することの大切さを伝えることにも積極 的に取り組んでいます。

自分と地域の自然のつながりを描いてみる
 大方では、1回4時間のウォッチングで海に出れば、イルカやクジラだけでなく、 美しい砂浜とその後ろに広がる入野松原、四万十川の河口と、その上流の森まで…こ の地域の主だった自然の姿に一度に出会うことも可能です。
 このように比較的狭い地域の中に、世界的にも恵まれた自然環境が残されているた め、これらを一つの大きなつながりとしてとらえやすいのかもしれません。

 では、あなたが今住んでいる地域での自然のつながりを、具体的に描いてみること ができますか?
最も分かりやすいのが水のつながりでしょう。あなたの家の水道からその水源の森ま でたどり着けますか?

Q1 あなたのうちの水道はどの川から水を引いてきたものですか?
Q2 その川の源流はどこ(どの山)にありますか?
Q3 その山には主にどのような木が生えていますか?
Q4 その木はもともと生えていたものですか?
   もし人間の手で植林されたものなら、その以前に生えていたものは何ですか?

(例えば東京都の一部の場合…
A1=多摩川、A2=奥多摩の雲取山、A3=杉、ひのき、A4=ブナ、ナラに代表 される広葉樹)

 どれだけ答えられましたか?A1、A2くらいは地図を見れば確認できます。
 A3、A4については日本の多くの山が同じ答えになるのかもしれません。
 木材資源として杉、ひのきばかりを植えてきたこれまでのやり方は少しづつ見直さ れてきています。ぜひ一度調べてみて下さい。

 次には食のつながりで考えて見てください。
 あなたが食べているお米や野菜がどこで育てられていますか?パンや豆は?肉や魚は?
 ここまでくるとおそらく国境を超えて、地球レベルでのつながりになるでしょう。

 大方町のように緑を本当に身近なつながりの中でとらえることは難しくなっていま す。しかし、酸素を生みだしてくれる緑がなければ…水を蓄えてくれる木々がなけれ ば…食べる野菜がなければ… わたしたちは緑なしでは生きていけません。
 人間が何らかの形で、手をいれてしまった自然や、あるいは切り取ってしまった自 然を維持していくのにはそれなりに手がかかります。それがさらに食べるための自然 =農作物の場合は人間の手がかかるのが当然です。逆に言えば、手をかける体験を通 してこそ、自然のつながりや、その大切さが分かるということもあるのかもしれません。
 あなたの回りにも、植物を育てるのが上手な人とそうでない人がいると思います。 植物を愛し、うまく育てることの出来る人のことを「グリーンフィンガー」の持ち主 と呼ぶそうです。
 「グリーンフィンガー」の持ち主は、よく花や草木に語り掛けます。サボテンが人 の心の動きに反応するという話などは聞いたことがあると思いますが、 気持ちのう えで、同じ生きものとして緑とふれあい、そして対話することが何らかの良い影響を 植物に与えているのかもしれません。
 なによりもまず一人ひとりが「グリーンフィンガー」の気持ちを持ち、身近な緑を 育てること。手付かずの自然を守ることと同時に、共に生きる身近な自然を育てて、 自然にお返ししていくことが大切なのではないでしょうか。

  (今月のフリートーク参加者:大下英和、稲垣誠二、加藤広明、大石 実、高橋景子 、水上さよ子、小林 美和、柴田 久美)
(文:大下、稲垣)(写真:柴田)

[参考図書]

●「BIO CITY(ビオシティ)」
発行/株式会社ビオシティ
定価/2,500円

「生命都市」時代の環境と地域づくりを考える総合誌(季刊)
今回参考にしたのは昨年11月1日発行の号。
エコロジカルな都市づくりに関する国内外の情報が詳しく載せられいます。
人と自然の付き合い方を建築やまちづくりから考えてみたいという方にはおすすめです。

●「地球の庭を耕すと」
ジム・ノルマン著
工作舎/1,957円

人間がコントロールするものとしてではなく、子供のように養育し、又、養育され返 されるものとして、庭はある。それは偉大な自然を理解するための入り口のようなも のだ。
 特集”地球に生きること”テーマ:[太陽(お日様)] [][]


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