NEWS KAKI Vol.1



プロジェクト第一号「"被爆柿の木2世"」が
平成8年3月5日、台東区立柳北小学校に植樹されました。


当日は、長崎でこの苗木を育てている樹木医・海老沼正幸さんによる
被爆柿の木の話や、東京でこの苗木のお世話をして下さる
樹木医・小池伸男さんの育て方の話し、そして宮島氏と
被爆2世の苗木との出会いの話がありました。
子供たちからは柿の木の命名が行われ、オスの柿の木には、「柿カキくん」
メスの柿の木には、「夢柿ちゃん」という名前が決定しました。
「柿カキくん」の「柿」は被爆した親木のこと、
「カキ」は新しく生きていこうとする2世の意味、
そして「夢柿ちゃん」には自分の夢を
託していこうという思いが込められています。
元気に育て!「柿カキくん」と「夢柿ちゃん」。





1997年3月、"被爆柿の木2世"フランスへ



1996年4月、フランスのカルティエ・ファンデーションにおいて
宮島達男氏の展覧会が開催されました。
そのオープニング・パーティー会場で宮島氏は、
カトリーヌ・グルーさん(アートディレクター)に出会い、
進行中の「時の蘇生」柿の木プロジェクトに関して話す機会を得ました。
後日、グルーさんからあるプロジェクトに
「時の蘇生」柿の木プロジェクトを紹介したい、
というファックスが宮島氏のもとに届きました。
あるプロジェクトとは、グルーさん自らが
オーガナイズされているもので
フランス・ストラスブルグにおける
アーバン・デザインのプロジェクト(1997年6月)でした。
宮島氏と「時の蘇生」柿の木プロジェクト委員会で
話し合いがもたれた結果、「時の蘇生」柿の木プロジェクトの
意図するものであるという判断がなされ、数週間後、
グルーさんによって「時の蘇生」柿の木プロジェクトが
ストラスブルグ市の職員、日本領事館、
ヨーロッパ領事館関係者に紹介されたところ、
予想以上の反響がありました。
こうしてフランス・ストラスブルグにおける
「時の蘇生」柿の木プロジェクトが実を結び、
進行することになりました。
1997年3月、長崎からフランス・ストラスブルグに
柿の木が渡ります。宮島氏の想いは、被爆した柿の木という
メディアによって、様々な場所、様々な人々に関係し、
未来を担う子供たちによって
永遠に受け継がれていこうとしています。