明治33年(1900)10月、京橋の橋際にボックス形自働電話が登場し、公衆電話の街頭進出が始まりました。このとき使われた電話機は、アメリカで使われていた名称の「オートマチック・テレホン」を直訳して「自働電話」と名付けられました。当初の市内通話料は、1通話(5分間)15銭という高額でしたが、2年後の明治35年に5銭に値下げしたところ、一気に利用者が増え自動電話が広く浸透しました。