[Pilipino].[Hapon]
Family
ろうあの
ハンディ乗り越えて・・・


柴田さんファミリー(東京都・墨田区)
Sibata Family

人の一粒ダネ愛子ちゃんは2歳になった。アロナさんの母親が日本人とフィリピ ン人との子どもだからとアイコ・メレンデスにちなんで「愛子」と名付けた。日比の 両親を持つアイコは目下、フィリピンで大活躍する女優。そんな彼女のように明るく 育ってくれればと、秀夫さんとアロナさんは願っている。

 二人が出会ったのはマニラ。リサール公園のカフェテリアでアロナさんがウェイト レスをしていたのを、秀夫さんが一目惚れした。この店は、ろうあ者だけが働いてい ることで有名なコーヒーショップ。アロナさんも話すことと聞くことに障害を持って いる。双子の姉妹二人ともろうあとして育ったが、彼女は今、秀夫さんと結婚して日本 に、姉さんはロンドンと二人とも海外で元気に生活している。

 一方、秀夫さんは東京都杉並区出身。幼少のときに高熱を出し、聴覚を失った。そ れからろう学校で手話などの教育を受けた。二人はろうあという共通のハンディキャ ップを持ちながらも、それを乗り越えて明るいファミリーを築いている。 「一番心配だった愛子の聴覚が健常で、ほんとうに嬉しい」

 手話通訳の藤井さんの手助けで、秀夫さんは喜びを全身に表す。最初慣れずに、言 葉が少なかった愛子ちゃんも、取材の私たち夫婦とカメラの女性に慣れると大声で「 パパー。あっち…」と喋る。

「今ね、愛子ちゃんが『パパー』と大声で喋ったのよ」と通訳の藤井さんが説明する と、アロナさんと秀夫さんはニッコリと笑顔でみつめあう。

「去年11月に初めて日本に来ました。日本では生まれたばかりの子どもを育てるのは 大変なので、祖父母に助けてもらって、フィリピンで育てていました」

 
 少しでも言葉の行き交う環境で育てたいと二人は考え、1歳から近くの保育園に通 わせた。アロナさんは今、近くで服飾関係の仕事をし、秀夫さんは印刷関係の仕事を して、愛子ちゃんを育てている。
「忙しい。とっても忙しいですよ」

 アロナさんは私たちに手話で言葉を伝える。だんだん彼女が言いたいことが、直接 わかるようになった。言葉に頼るより、心をそのまま伝えたいという思いが、手話と いう技術を知らない私たちに伝わってくる。

「フィリピンで習った手話と日本の手話では違うんですか?」
 基本的なことを私たちは知らなかった。ごめんなさい。
 フィリピンの手話はアメリカ方式。日本の手話は日本式。だから初めて二人が会っ たとき、コミュニケーションが取れなかったという。例えば、『食べる』という手話 は、日本ではハシでおわんを掬う恰好だが、アメリカ流はパンをつまんで口に運 ぶジェスチャーになる。
「でも、彼女を食事に誘ったときも『二人一緒に』『タクシーで』『食事にいこう』 という日本の手話で、理解しあえました」と秀夫さん。
「初めて会ったとき、一緒に働いている友達に、『日本人は怖いよ』『気をつけたほ うがいいよ』と言われました。でも、彼はとっても優しかった」

 二人はデートを重ね、手紙のやりとりを続け、結婚を決意した。秀夫さんが年に4 回ほど往復して、ビザを取るための実績を作った。今の日本の役人は、二人の交際の 期間や実際に会った回数などで、日本人とフィリピン人の結婚が「ほんとうかどうか 」を決める。

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ロナさんの両親に彼を紹介した日のことを、アロナさんははっきりと覚えている 。フィリピンでは家族に紹介することは、結婚の許しを得ることを意味していた。 「初めて家族に紹介したとき、たった30分で、母親がOKをくれました。いい日本人 だということが分かってくれて、私、泣きました。とても嬉しかった」
と、アロナさんは、涙を滲ませた。

 去年11月に初めて来日し、子育てと日本の手話の勉強に励むアロナさん。今は「日 本がいいから、ずっと日本に住みたい」という。この冬はアロナさんと愛子ちゃんに とって、生まれて初めての「雪を触りに」旅行するつもりと、目を輝かす。

秀夫さんもフィリピンが大好き。家にはサンミゲル・ビールや旅行で買ったたくさ んのおみやげを飾っている。フィリピンの話をすると、とても嬉しそうだ。
「フィリピンに行くと人の笑顔が素晴らしい。町を歩いている女性や子どもが優しく 笑っている。にっこりしたフィリピンの人の顔を見ると、僕も嬉しくなります。何度 行っても飽きません。ずっとフィリピンを愛しています」と秀夫さん。

「夢は愛子が通訳になってくれたらいいなと思っています。日本とフィリピンの手話 が分かって、日本語とフィリピン語がわかって…」

柴田秀夫さん、アロナさん、そして愛子ちゃん。日本とフィリピンを繋ぐ心優しい ファミリーである。必死で、純粋でそして愛に溢れている。

(手話通訳協力 墨田区手話通訳者 藤井シズエ)


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