能「翁」の起源はチベットにある?(4)

「これは何の歌ですか」

ケサル王と言って昔の英雄の伝説を歌った歌の最初の部分だよ」

「そのアラタラタラリって何という意味なんですか」

意味なんかないよ」

「意味がない?」

「そう。意味はない」

「じゃあ、なぜ歌うのですか」

「これは神降ろしの歌だ。これを歌っているとケサル王の霊が儂の体に入ってきて、そして儂の口を通じてご自身の英雄伝説を語られるのだよ」

「とうとうたらり」が神降ろしの歌だったら、それこそ「翁」に似ています。

「翁」では、この謡を謡っているときには面をつけません。そして、この謡が終わったあとに、まるで神が降りてきたかのように舞台の上で面をつけるのです。

河口慧海は多分チベットでこの歌を耳にしたのでしょう。しかし、それを無理矢理「太陽賛歌」としたことによって話は変な方向に行ってしまったのかも知れません。

「あらたらたらり」にしても「とうとうたらり」にしても速く謡うと「た」行音と「ら」行音が口腔内を刺激します。しかもそれは「くるくる」などと同じく回転をイメージさせる音列です。

そして、くるくる回る(「まわる」と「まい」は語源が同じ)が私たちを変性意識状態に導くように、「とうとうたらり」という謡もかつてはそのような状態に私たちを導く効果があったのでしょう。

この謡によって、もうひとつの意識を得た太夫は神の言葉を語るシャーマンとして、人々に予祝を与えたのです。

神憑りの状態で髪を振り乱して踊るシャーマンを象った漢字。

今の漢字になおすと「若」になる。

意味としては「言」をつけて「諾(神の言葉を伝える)」。


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