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<アジアの商業映画は国境を越え得るか--GNPで測る映画の文化度>

インドが世界最大の映画生産国であることはご存知でしょうか。
印僑の進出に乗って、インド映画はアフリカなど世界各地に輸出されています。 しかし、日本でインド映画を見たことのある人はほとんどいないでしょう。 これは、日本に輸出されるインド映画が「芸術映画」である、ということと 関係しています。実際、ケーララ州のアラヴィンダン、ベンガルのサタジット・レイなど、 一部の映画好きかインドに興味のある人以外の観客は持ち得ていません。

今、世界の映画マーケットは、アメリカの娯楽映画であるハリウッド映画に 支配されています。フランスが自国の映画人にいかに国家助成を行おうとも、 国内のマーケットの7割はハリウッドの作品です。そこから、 芸術映画は国境を越え得ても数少ない支持者しか獲られず、 娯楽映画はハリウッドしか国境を越え得ない、といった現状が生じています。

マードックによるメディア投資に関して、ソフトウェアを手に入れるため、 といった解説がなされることが多いのですが、アジアのソフトウェアは 果たしてそのような状態にあるのでしょうか。

現在、アジアの映画には多くの問題が山積みになっています。
表現の自由の問題、経済と文化の問題。
芸術映画が欧米の観客に向けて作られていること。

しかし、勿論肯定されるべき側面も多数あります。
例えば、これまで歴史を扱ってきた台湾映画がその上で豊かさを語り始めた事実。
一般に拘束の強いカルチャーが支配していると考えられているイスラム圏から いきいきとした内容の世界的な映画が登場してきていること。

ここではマーケットの問題、豊かさの問題として映画をとらえ, 芸術映画と娯楽映画の接点をアジアに探ります。 芸術と娯楽という二分の仕方自体陳腐なものであり、 この二分法の打破がアジアをフィールドにできれば、と思います。

果たして、アジアの豊かさといったものは、 庶民のための芸術映画、自国民に向けて作品が撮れる芸術映画の監督の誕生、 といった状況を保証することができるのでしょうか。


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