満州事変(1931〜33)による軍需景気の煽りを受けて電話の需要が急増。電話の市価は1500円以上になります。権利を売れば家一軒建つ、売ってもよし、電話を担保にすれば1000円ぐらい即借りられるとあって、年に一度の電話申し込みの受付には、当たれば一攫千金とばかりに16万8000人の人が殺到しました。この年(1937)の架設予定数はわずか9570、列をつくった人の数はその18倍にのぼったのです。絶対公平のもと運命の抽選器がガラガラとまわされていき、何人かの人たちは新しい人生を手に入れたことでしょう。