明治末期、上野−新宿・渋谷−新橋間を電車が走り、丸の内のオフィス街と山の手の住宅街を結びます。アスファルト舗装が始まり、タクシーも登場、東京の交通網が整備されていきます。民間の電話需要も一層盛んになり、明治45年度末には申し込んでも電話のつながらない数12万。電話売買も盛んになり、一時は400円を越す高値となります。ちなみに当時の一流会社の初任給は25円から45円でした。