本年度大賞作品

一般部門息子を食べてしまった

息子を食べてしまった

中丘みさお(63歳)
 私の叔母は、昭和二十年三月まで、大阪で内科、小児科、産婦人科の医院を開
業していました。
 当時は健康保険もありましたが、今のような三分診察ではなく、患者さんたち
は診察以外に、職場や家庭の問題、子供の進路相談まで、あらゆる悩みを吐き尽
くして帰って行くので、さながら「よろず相談所」といったあんばい。中には、
ゆっくり話をきいてもらう為に診察の順番をゆずって一ばん最後に回り、夜中の
一時、二時までも話しこんでゆく人もあります。
 ある夜、最後の婦人患者を送り出して部屋に戻ってきた叔母が、座りこんで涙
を流しています。
「どうしたの?」
「今の人、一人息子が戦死して、昨日、英霊で帰って来たんやて」
「気の毒に」
「娘の居らん、本当の独りっ子やがな。それで、遺骨持って来てくれた軍の人や
近所の人も集まって、坊さんにお経あげてもらって、お通夜やったんやけど、終っ
て、皆帰ってしもうて、夫婦二人きりになった時、息子がどんな姿になったかと
思うて、遺骨の箱、開けてみたんやて」
「ムリないわな」
「白木の箱がえろう軽うておかしいとは思たけど、あけてみたら中の又、小さな
箱が入ってたって。そんで、可愛想に、息子はこんな小さな箱に入るほどしか骨
もひろうてもらえなんだか思いながら開けたら、又、中にも一つ箱が入っていて、
開けたら、まんじゅうが一つ入っとったんやて」
「まんじゅう?」
「あー、むしまんじゅう。葬式まんじゅう言うやつさ。激戦で遺体はひろえなん
だから髪の毛とか、遺品とか言うのならわかるけど、まんじゅうとはどんな意味
やろ言うて、夫婦共首をひねったけど分らん。ひょとして、中に小さい骨でも粉
にして入れてあるかもしれん言うて割ってみた。見たところ、普通のあんこや。
又、割ってみたが何も入っとらん。
 お父ちゃんがちょっとかじってみた。あんこの味しかせえへん。どっかに何か
入っとるかもとお母さんも一と口、食べてみた。ただのまんじゅうや。そんでも
他のところにと又、一と口かじり、ひょっとしたらとかけらを食べ、で割っては
食べ、かじっては食べ、とうとうお父ちゃんと二人で息子を食べてしまいましたっ
て。その話、聞いている内に気の毒で涙が出て来たけど、一方でおかしくって、
おかしくって、笑うわけにはいかんし、涙だけは流して、笑うほうはこらえて、
その苦しかったことと言うたら!」
 叔母は、語りおえてまだ、笑いをこらえ?涙を流しつづけていました。
 こんなこともあった時代が二度と来ないよう、五十年の平和の今、深く思うの
です。了。


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