中国紀行・丹東 市場経済の果てる街

 中国の市場経済の活気は国内の都市と農村を覆い尽くしたばかりでなく、ロシア、ベトナム、ミャンマーなどとの国境にも、合法・非合法の国境貿易という形で押し寄せている。しかし、この市場経済がここから先には進めないという街がある。それが中国と朝鮮半島を隔てる鴨緑江沿いの都市、丹東だ。

 丹東の対岸は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の新義州だ。ここを通過して、平壤に向かう鉄道が鴨緑江を渡る鉄橋の左右に広がる公園から北朝鮮を見ると、何かの小さな工場、動かなくなって久しいらしい観覧車、もの憂げに浜に横たわる漁船や小型貨物船、それにたまに通り掛かる人影が目に付くくらいで、華やいだ雰囲気は全くない。13元(約150円)払って両国の国境線を越えてゆく遊覧ボートに乗り、北朝鮮の沿岸ギリギリに近づくと、それがよりはっきり分かる。さすがに間近でカメラを向けると、北朝鮮側の警備兵が制止の声を挙げたが、彼らも船の上で退屈そうに車座になって座り込んでいるだけで、まるで緊張感はない。

 これとは対照的に、中国側の丹東は元々の産業に加えて、何社かの韓国企業の投資、北朝鮮を見に来る観光客の落とす金で、続々と新しい「餐庁」(レストラン)が出来たりしており、かなり潤っている様子だ。鴨緑江の水をよく見ると、中国側が黒く濁っているのに対して、北朝鮮側はきれいな緑色をしている。恐らく、北朝鮮には鴨緑江を汚染するほどの工場排水や生活排水を出すだけの経済活動すらないのだろう。夜になってネオンが輝く中国側から対岸を見ると、河岸近くの国境のフェンスのライトらしき灯りが二、三見えるだけだった。

 鴨緑江公園では北朝鮮の紙幣や切手、そして「金日成バッヂ」を売る露店が軒を並べ(ただし、詳しい人によるとバッヂは北朝鮮で本当に使われているものではないという)、街で一番の高級レストランは、韓国人が好むイヌの肉を食わせる「狗肉城」である。これらを見る限り、丹東の発展のかなりの部分は、河の向こうの市場経済を拒み続ける不思議な国を、物好きな観光客に見せ物にすることで成り立っており、北朝鮮も国内の紙幣や切手などを持ち込むことで、それに寄生しているという、いびつな構造があることが分かる。

 伝えられる所では、北朝鮮では慢性的な農業政策の失敗と昨年の水害で、食料危機が進み、今年夏にも備蓄が底を着くと言われている。その後の予想される大きな変化の後に、当然この街の先行きも左右される。

 丹東市街の西には、中国が朝鮮戦争で北を支援して戦ったことを記念する「抗美援朝戦争紀念館」がある。「鉄砲から政権が生まれる」(毛沢東)と言い、軍が権力を握っている国だけあって、「栄光の歴史」を讃えるために、戦車や戦争機の実物を含め、展示は実に豪華である。願わくば、次に鴨緑江を大挙して渡るのがビジネスマンであり、紀念館がもう一つ増えることのないようにあってほしい。

文:小東夷



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