石燕曰く |
頼豪の霊鼠と化と、世にしる所也。
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解説 |
鉄鼠あるいは頼豪鼠ともいわれます。平安時代に白河天皇の皇子
誕生の祈祷を行った頼豪阿闍梨が、その褒美に三井寺に戒壇建立
を望んだのですが、比叡山側との関係もあり、戒壇建立は許され
ませんでした。頼豪は怒って断食して死ぬことで皇子に祟り、頼
豪の死の翌年に皇子も亡くなったといいます。また頼豪の怒りは
比叡山にも向けられ、鉄の牙をもった八万四千匹の鼠が、比叡山
の教典を喰い破ったと伝えられます。
この話は「平家物語」巻三にも伝えられる有名な話で、石燕の画図
以外にもいろいろと残されています。
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