bogomil's CD collection 24
イタリア・オペラの人間模様(2)
ヴェルディ:《アイーダ》
Verdi: "Aida"

 このオペラの舞台は古代エジプトだが、時代設定を現代に置き換えてみると、どうなるだろう。ここはひとつ、テレビドラマ風にストーリーを書き直してしまおう。
 まず、ラダメスは、さしづめ創業ウン百年の大企業A社の将来有望なエリート社員。社長の娘で、副社長を務めるアムネリスは、美人で、頭が切れるが、かなり気の強いところがある。ラダメスは、アムネリスの秘書のアイーダに心ひかれる。ところが、このアイーダはタダモノではなく、この会社とシェアを争うライバル企業B社の社長の娘だ(ただし母親が離婚していて…というような経緯を設定しておく必要がある)。
 新製品の開発をめぐって、熾烈な企業間闘争が展開される。ラダメスは巧みな宣伝と販売戦略で、A社を優位に導く。その功績が認められ、ラダメスは昇進が決り、社長のランフィスは、ラダメスをアムネリスと結婚させ、ゆくゆくは社長に、と考えるようになる。アムネリスも、ラダメスに好意を持っているが、女の直感で、アイーダとラダメスが愛し合っていることに気付く。
 ラダメスがアイーダにふともらした次期製品の情報がB社に漏れ、今度はA社が窮地に立たされる。アイーダの父でB社の社長であるアモナスロは、「アイーダを後継者にしたい。ついては、わが社にきて、アイーダと結婚してくれ」とラダメスのヘッドハンティング、つまり引き抜きをはかろうとするが、A社に忠誠を誓うラダメスは、頑として応じない。やがてA社の中で、ラダメスを裏切り者として追及する動きが出てくる。アイーダは「一身上の理由」で退社し、行方がわからない。アムネリスは、自分との結婚を承諾すれば、責任追及を止めさせる、と持ちかけるが、ラダメスは、嫌気がさしてしまい、辞表をたたき付けて会社を去って行く。
 事実上、A社をクビになったラダメスには、もうこの業界で生きる場所はない。家業の農業を継ぐ決意で、田舎に帰ると、そこには、アイーダが待っていた・・・とまあ、テレビ・ドラマならハート・ウォーミングなエンディングになるだろうが、オペラの方では、ラダメスが地下牢でアイーダとともに悲劇的な死を迎えるところで終わる。

 ちょっと無理なリメイクを試みたが、このオペラの中心となっているのは女の戦いだ。アイーダとアムネリスがお互いに腹のうちを探りあう見事な重唱がある。どちらもプライドがあって譲らないから困る。筆者の感覚では、できればアムネリスは避けたい。といって、フタを開ければ、アイーダにも偉い父親がついていて、気苦労しそう。どちらに行っても、ムコ養子の辛い立場が待っている。オペラでは、ラダメスはアイーダとの愛を貫くことになっているが、考えようによっては、どちらも選択できない状況に追い込まれた、ともいえる。ここは三十六計逃ぐるにしかず、アイーダもアムネリスも捨てて、単身ギリシャあたりに亡命した方がよかったかもしれない…。
 いずれにせよ、このオペラでは、ラダメスがあまりパッとしない。有能な将軍ということだが、所詮、エジプト王に雇われたサラリーマン。いくら頑張っても、仕事の上での成功など、たかが知れているというものだ。エチオピアに勝って凱旋するところなど、バレーもあって一番の見どころではあるが、それだけに、むしろ空しさがつきまとう。勝ったときはいいが、負けたときはどうなるのだろう。
 ところで、この物語では、アムネリスがラダメスに振られるわけだが、愛する男をアイーダに奪われたアムネリスの憎悪というのがものすごい。また、考えようによってはラダメスに対するアムネリスの愛というのは、ふつうの女性の、個人的な愛とはちょっと違っていて、「私人」よりも「公人」が優先する愛であり、強い軍人を夫とし、国の安泰をはかる、という性格のものにも思える。
 これに対して、アイーダを選んだラダメスは、大局的な見地でものを考えているようには見えない。もしラダメスがサラリーマン根性を捨てて、もっと野心家になるなら、老いぼれのエジプト王をクーデターで倒して自ら王位につき、アイーダを王妃として、エチオピアと連合国家を樹立したことだろう。もし、そうなっていたなら、この物語の発端になったといわれる、エジプトの遺跡から発掘された男女の骨というのは、ラダメスとアイーダのものではない。それは、クーデターの後、生き埋めにされたエジプト王ランフィスとアムネリスのものなのである。
Discography:
 ヴェローナの野外劇場で、マリア・キアーラがアイーダを演じたLDがおもしろかったが、絶版になった模様。
93/08 last modified 96/02

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