bogomil's CD collection 10
シェーンベルク:管弦楽のための変奏曲 作品31
20世紀の古典
Schoenberg: Variations for orchestra op.31

 「クラシック音楽」という言葉は、日常、大した疑問もなく使われているが、きちんと定義するのは結構むづかしい。広義には「西洋(欧米)の芸術音楽」ということ。空間的・地理的定義はこれでよいとして、時間的・歴史的にはどう定義できるだろうか。クラシックCDカタログをざっと見ると、わが国でクラシック音楽として聴かれているのは、およそ7〜8世紀頃から現在までの音楽であることがわかる。
 しかし、一般に「クラシック」として聴かれているのは、これよりずっと狭い範囲で、後期バロックから20世紀前半あたりまでのようだ。バロック以前の音楽は、10年前、20年前に比べればはるかに知られるようになったとはいえ、まだまだ少数派。では、現代の側はどうだろう。
 20世紀の作曲家でも、ラベルやシェーンベルグ、ストラヴィンスキー、バルトークなどは、もう評価が確立したとみなしてよいが、それ以後の作曲家の評価は流動的。作品や作曲家の評価は、作曲されてから、あるいはその作曲家が没してから少なくとも50年はたたないと確立されないようだ。たとえば、ストラヴィンスキーの《春の祭典》など、1913年の初演時には熱烈な拍手と、激しいブーイングが入り混じって賛否両論、喧嘩になったほどだというが、80年以上たった現在では、その評価は確定したといってよいだろう。
 音楽史を見てみると、生前、高い評価を受けながら、死後、急速に忘れられた作曲家もいれば、生前はパッとしなくても、死後に次第に評価の高まった作曲家もいる。たとえば、18世紀前半のドイツでは、バッハよりもテレマンやヘンデルの方がはるかに人気があり「大作曲家」として知られていた。それが、現在はどうだろう。時代の趣味は移り変わるものとはいえ、将来、バッハよりもテレマンが広く聴かれる時代がやってくるだろうか。
 正確にいえば、バッハとテレマンは同じ様式の土俵の上で勝負をしたわけではなく、バッハが古い対位法的様式を最後の頂点に高めたのに対し、テレマンは、早々と古典派の様式に移行した。だから18世紀当時は、テレマンは最先端を行く「現代作曲家」だったのである。いずれにせよ、音楽に限らず、客観的な価値基準がない芸術は、一定の時間を経過した後でなければ、評価はできないものである。逆にいうと、たとえ伝統的なクラシック音楽の書法で書かれた音楽であっても、歳月の試練を経ていないものは、本来の意味での「クラシック」ではない、ともいえるだろう。
 さて、市場経済が支配する現代社会では、しばしば「よいものが売れる」、「必要なものが売れる」という原則が「売れるものがよいもの」、「儲かるものがよいもの」という原則にすり替えられる。
 そこで重要な役割を担うのが広告宣伝。とにかく話題を作って衆目を集め、にわかブームをあおって知名度を上げ、売り上げを伸ばそうとする。しかし、あからさまな広告宣伝には、やがて大衆も慣れっこになって効果が薄れる。そこで最近目につくようになったのが、一見、記事やニュースを装っているものの、実態はメーカーなどが提供した情報をそのまま無批判に取り上げた宣伝まがいのもの。これは一見、中立的な報道の体裁をとっているだけにタチが悪い。広告は簡単に信じない人でも、これには結構、だまされてしまうのである(ちなみに、このシリーズで紹介しているCDは、すべて筆者が自費で購入したもので、この種の記事ではない。念のため)。
 こうして、ブームが作られる。

 しかし爆発的ブームになったものも、その多くは、やがて忘れられていく。そして、生き残ったものがクラシック=古典となる。
 今回は、このような意味での古典となりつつある曲、20世紀に書かれた極めて美しい管弦楽曲、シェーンベルクの《管弦楽のための変奏曲》Op.31(1928年初演)*を紹介しよう。この作品、まだまだ演奏される機会が少ないのが残念だ。確かに、12音技法によるこの作品は調性感が希薄で、耳になじみにくいことは否めない。作品全体が極度に暗く、光が入り込む余地など、まったくない、といってもよいくらいだ。しかしこの作品は、同じ12音技法による音楽でも、たとえばヴェーベルンの無機的な作品に比べれば、はるかにロマン主義的な音楽に聴こえる。あと数十年も経てば、この曲も抵抗なく聴かれるようになるだろう。
 こんなことを考えながらCDショップを見ていたら、ある邦人作曲家のCDが展示されているのが目に止まった。彼の父親は、最近、爆薬の技術を改良した技術者の設立した世界的な文学賞を授賞して話題になった大物作家である。彼の音楽そのものを云々する気はないが、もし他の無名の同じような作曲家が同じような曲を書いたとして、同じようにCD化され、同じように話題になっただろうか。筆者はちょっとすっきりしないものを感じてしまった。
*Discography:
     
  1. Arnold Shoenberg: Orgel-Variationen Op.40 - Orchester-Variationen Op.31 (Wergo WER 60013)[ロスバウト/バーデン・バーデン南西放送響]
  2. シェーンベルク:浄夜、管弦楽のための変奏曲 (ポリドール Grammophon F35G 50296 415 326-2)[カラヤン/BPO]
  3. シェーンベルク:《交響詩ペレアスとメリザンド》《管弦楽のための変奏曲》(ワーナーミュージックWPCC-5220 Erato 2292-45827-2)[ブレーズ/シカゴ響]
1.はLP(CD化は未確認)。この3つの演奏、それぞれ面白いが、個人的には3.をお勧めする。
94/10 rev.95/09
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