bogomil's CD collection
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5
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リスト:後期ピアノ作品
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Liszt: Late piano works
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楽譜に書かれた記号は音楽そのものではない。その記号に基づいて、演奏家が具体的に音にして初めて、音楽となる。しかしこの「具体的に音にする」やり方は多種多様。それは、5線記譜法に欠落している情報が多いからだ。音色に関する情報も、そのひとつ。音色は、演奏に際しては、極めて重要な役割を担っている。これは、すべての音楽が具体的に音にならなければならない以上、避けて通ることができない問題だ。音色が変わると、曲の印象まで変わってしまう、ということも少なくない。そして時として、音の構成としての音楽を聴く、というよりも、音色を聴くことが主な関心事になることさえ起こってくる。
たとえば、クラシックに限らず、すべての歌手は、まず音色、つまり声の質で評価される。その結果、好きな歌手の声が聴ければ、どんな曲が歌われようが、お構いなし、ということになり、たとえば演歌歌手が、ワンマン・ショーで自分の持ち歌以外の曲を多少下手に歌っても、その歌手の熱烈なファンは喜ぶのである。最近、テレビ番組で、日本の若手男性オペラ歌手Nが、ジャズのスタンダード・ナンバーを歌っているのを耳にした。英語の発音も表現も、アメリカのプロ歌手に比べればお話にならないレベルだが、それでも、「彼の声」を聴きたいファンには受けるのかもしれない。器楽の場合でも、管楽器や弦楽器など、比較的原始的な、つまり人間の身体が発音に直接かかわるような楽器の場合は、演奏者固有の音色が大きな意味を持つ。
鍵盤楽器では、やや事情が異なってくる。特にオルガンやチェンバロは、個々の楽器固有の音色が演奏の質を大きく左右する。これらの楽器の音色は楽器ごとにほぼ固定されており、演奏者が音色を変化させる余地がほとんどない。これらの楽器の場合、質の悪い楽器では、何を演奏しても、うるおいがなく、やがて神経が疲れてくるが、質のよい楽器なら、何時間聴いても飽きないし、疲れない。オルガンの場合など、何を演奏しようが、その楽器の個性ばかりが耳につく、という場合もある。
これがピアノになると、同じ鍵盤楽器でも弾き方によって音色が微妙に異なり、演奏者の個性がある程度音色を左右するが、それでも、声楽や管弦楽器に比べれば、楽器固有の音色の制約は大きい。鍵盤作品の演奏に際しては、楽器の選択が重要な意味を持つのである。
鍵盤作品では、原則として「作曲家の意図した楽器が、その曲の本来の姿を示す」といってよいだろう。これは、すぐれた鍵盤音楽の作曲家が、いずれもその楽器の名演奏家であったことを考えれば納得がいく。バッハは、チェンバロやオルガンの欠点を最小限に抑え、長所を活かすべく、作曲したのであり、同様にショパンやリストは、ピアノの欠点を最小限に抑え、長所を活かすべく、作曲したのである。
この音色の問題を具体的に考えるために、今回はリストの愛用したチッカリング社のピアノで、リストの作品を録音したCDを聴いてみよう*。このCDには、
- 《愛の夢》第3番
- 《なぐさめ》第3番
- ハンガリー狂詩曲第3番
- バラード第2番
といった、比較的よく知られている曲と、
- 《エステ荘の噴水》(1877年)
- 《灰色の雲》(1881年)
- 《悲しみのゴンドラ》(1882年)
- 《夢の中で》(1885年)
- 《リヒャルト・ワーグナーの墓に》(1883年)
といったリストの後期の作品が収録されている(リストが没したのは1886年)。
いずれも、現代のピアノとは微妙に異なる響きで聴かれるが、全体として、音域ごとに音色と余韻が異なるために、旋律と伴奏のコントラストが明確になっている。高音の余韻がわずかに短いせいか、音楽が素朴に感じられるから不思議だ。中でも《灰色の雲》や《悲しみのゴンドラ》の持つ内省的な雰囲気は、適度に柔らかい響きで再現されていて、落ち着いて聴くことができる。
そもそもリストの後期の作品には、華麗な(あるいは空虚な)名人芸の誇示は見られないし、ピアノを叩き壊してしまうような激しさもない。それが、チッカリングのピアノの響きによく合うのかもしれない。
筆者はリストの作品を現代のピアノで演奏することを否定するものではない。しかし、得てして、現代のピアニストが現代のピアノで弾くリストは音がきつくなりがちで、また華やかさが過剰になりがち。これは、単に演奏解釈や演奏テクニックの問題によるだけではなく、現代のピアノの音色、音質によるところも大きいのである。現代のピアニストがリストをどう演奏しても自由だし、また現代の私たちがどういう演奏を好もうと、それは個人の自由だ。しかしリスト自身がどのような響きを意図していたのかを、ひとつの基準として理解しておくことも決して無駄ではないだろう。
*Discography:
Liszt: Piano Works - Dag Acgatz plays Liszt's own piano. BIS-CD-244.(国内発売元:キング・インターナショナル)
94/5 rev.95/10
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