また、今は質問された順にどんどん答えていきながら適当にまとめていきますが、はじめのころはばらばらですのでこれもご容赦を。
能って何?
これはすごい質問です。
とても一言では答えられませんし、正直言って私もわからないのです。
でも、無理矢理ひとことで言うならば「能面をつけてやっているあれ」です。
違います。
違いを知るてっとり早い方法は同じ日に能と歌舞伎の両方を見るといいのですが、それはなかなか大変ですので次善の策としてはこの能のページと歌舞伎のページの両方を見てみるというのがいいでしょう。
でも、それではあまりに不親切なのでこんどその違いを簡単に違いをまとめてみましょう。
これは難しい質問です。
能も狂言も発生はいっしょだと言われています。現在でも同じ能舞台で演じられていますし、能の中に狂言の役者が出演することもふつうです(逆はありません)。
しかし、能の役者が狂言を演じたり、狂言の役者が能を演じたりすることは原則的にはありません。修行過程も違いますし、システムも違います。
よく、狂言は喜劇で能は悲劇だとも言われますが、ともに例外もあります。狂言は滑稽で能はシリアスとも言われますが、これも例外があります。狂言は散文、能は韻文というのが一番近いかな。
近いうちに狂言のホームページもできますから、そちらもごらんください。
ドキッ!
正直言ってつまらないです。
特にある程度なれるまでは、こんなにつまらないものがこの世にあるんだろうか、と思うくらいにつまらないと感じる人もいるでしょう。もちろん、はじめから面白さを感じたり、中には感動したりする人もいますが、それは例外だと思っていいでしょう。
でも、見慣れてくると「こんなに面白いものが世の中にあったなんて」と思えるようになります。ただそうなるためには観客のみなさまにもある程度のことをしていただいた方が効果的です。
このページも、能をあまりごらんになったことのない方が、能を面白く感じることができるようなお手伝いをできればいいな、と思っています。
小学校の音楽の時間から能に親しんでいればもう少し楽に能の面白さを知れたはずなのですが、世阿弥より先にベートーベンを知ってしまう現代人にはちょっと遠い道のりかも知れません。
日本各地に能楽堂(のうがくどう)と呼ばれている能を演じる劇場があります。ここでは、定期的に演能があります。また、そのほかにも市民ホールや野外でも能が演じられることがあります。
そこら辺の情報もだんだん載せていきます。
各能楽堂で売っています。特に国立能楽堂の催しは早くに売り切れてしまうので、急いで買った方がいいでしょう。
また、演者を通して買うこともできます。情報館をごらんください。
ぴあなどでも売っていますが、本当に一部です。
これはいろいろです。
あなたが学生ならばラッキーです。多くの催しに学生券があって、しかもそれは一般の一番安い席に比べても、かなり安く購入できます。
ここら辺も情報館をごらんください。
たとえば東京では、ほとんど毎日どこかの能楽堂でやっています。
能で使う楽器は4つです。
能管(のうかん)と呼ばれる笛。
小鼓(こつづみ)、大鼓(おおつづみ、あるいはおおかわ)、そして太鼓(たいこ)です。
この4つに謡が加わったのが雛人形の五人囃子になります。雛人形では謡の人形は扇を持っています。
そうですね。僕のように大人になってから能を始めた者は謡を覚えるのに苦労をします。
でも、ほとんどの人は子どものころからやっているので、そういう人だと現行曲全曲(200曲くらい)を完全に覚えているだろうと思っていたのですが、どうも違うようです。一度は大体完全に覚えるのですが、細かいところはちょこちょこ忘れて舞台の直前におさらいをするようです。
何度も謡って覚えるというのが一般的ですが、それでも細かい方法は人によって違うようです。
今度いろいろな人のを聞いてまとめてみますが、僕の方法はこちらに書いておきます(まだできていません)。
僕はします。これがしなくなったら一人前でしょうけど、何人かに聞いてみたらみんなすると言っています。お年も召していて、世の中で「すごい!」って言われている人たちにも聞いてみたいのですが、怖くて聞けません。
これはとても気持ちいいです。まあ、麻薬のようなものです。
でも、こんな風にやっている方が気持ちよがっていてはだめでしょうね。これもすごい人に聞いてみたいのですが、やっぱり怖くてできません。
痛いですよ。もう死ぬほど痛いです。
でも、全然痛くない、という人もいます。すごいですね。
これは説明すると長くなるから今度ね。
これも説明が長くなるので今度。
そうですか、不自然ですか。自然だと思うんですけどね。
でも、あの格好が一番安定するんです。
衣装のことをふつう「装束(しょうぞく)」と呼んでいますが、僕などは持っていません。
ワキ方では自分で装束を持っている人もずいぶんいますが、シテ方ではお金さえあれば誰でも持てるというわけではありません。たとえば、家元やそれに準ずる人だけが持つことを許されている流派や、割合自由な流派などいろいろあります。
そこら辺は能の流派はまとめた時にでも書きましょう。
これも人によって全然違います。
少なくとも平均を出しても意味がないくらいに個人による差は大きいようです。
これはよく聞きますね。
能をやっている人や能を習っている人がテレビで見ると、それなりに面白いのですが、能を見るのがはじめてだったり、あまり見慣れていない人が見ても面白くないようです。
ひとつにはやはり能の魅力の大部分は映像やスピーカーでは再生できないんでしょうね。それと能は、演ずる人の発するものと見る側の緊張感などが一体となってひとつの能を作り上げますから、お茶の間でぼやっと見ていては能の面白さを体感することは難しいかもしれません。
あれは、大口(おおくち)という袴です。なぜあんなに大きいんでしょうね。僕も知りません。
そうです。能面です。
女性の面ですが、一番若い面です。結婚前の女性の顔です。詳しくは能面のコーナーを作ったときに説明いたします。
そうです。
鬼というと般若(はんにゃ)の面を思い出す人が多いようですね。あれも女性です。これも詳しくは能面コーナーで。
あれは違います。
狂言面に似たような面があります。詳しくは狂言のページで。
これも違います。
残念ながら違いますね。能でも天狗は出てくるのですが、そのときはあんなに鼻が高くはありません。
これも能面のコーナーで扱うことにしましょう。
能で演ずる人を大きく分けるとシテに属する人たち(シテ方)とワキに属する人たち(ワキ方)との2種類に分けられます。
この中でワキ方の人たちは絶対面をつけません。
また、シテ方はよく面をつけますが、現実世界にいる男性を演じるときは面をつけないことがふつうです。しかし、現実世界の男性でもすごいう美男子や盲目の人などを演じるときは面をつけます。
また、女性や幽霊、神、鬼などを演じるときは面をつけます。
これも詳しいことは面のコーナーで。
簡単にいってしまうと主役です。
しかし、そんなに簡単ではないので、ここら辺もいつか詳しく扱いましょう。
簡単にいってしまうとワキ役です。
しかし、これこそそんなに簡単に言ってしまうと本当は全然違うものので、これこそちゃんとあつかわなきゃと思っています。
シテ、ワキを西洋演劇の主役、ワキ役で分類する方がどだい無理なことなんですね。
これっていうのは、「三味線ってオーケストラでいうとバイオリンですか?」 っていうのと同じようなものです。
地謡(ぢうたい)と呼ばれています。シテ方の人たちです。
能では大切な聞かせどころはすべて地謡が謡いますので、地謡の善し悪しで能の善し悪しが決まってしまうと言ってもいいすぎではありません(と・・・まで言うといいすぎです)。
後見(こうけん)と呼ばれています。
ただの<ものを渡す人>ではありません。シテに何かがあったときにはシテの代わりに舞う必要があるので、歌舞伎などの黒子と違ってシテと同等、あるいはそれ以上の力を持った人が一人は座ると言われています。
確かに出てきますね。
でも、なぜってあらたまって聞かれると困ってしまいます。どうしてでしょう。調べておきます
これはきびしいですよ。人にもよると思いますけれども。
多分、おばさんは<お素人(お、をつけるのが面白いでしょ?)>として謡を習っているんだと思います。
<お素人>として習うのと<玄人>として習うのがあります。
謡、舞(仕舞、舞囃子)、お囃子と習う科目はたくさんありますが、まずは基本の謡から習うのがいいでしょうね。
問題はどの流派で習うかということですが、僕が属している流派は夏目漱石なども習っていたのですが、なんといってもマイナーです。それに基本的には舞はありません。もちろん、とてもいい謡ですが。
でもせっかくだから、みんなで和気あいあいとやっていきたい、というのでしたらやはりシテ方の流派の方がいいと思います。
必要でしたらご紹介いたします。
え、本当になりたいんですか?あなたがもし能の家とかに生まれたんじゃなかったらもう一度考えた方がいいですよ。それでもまだなりたかったらもう一度ご連絡ください。
これは能楽堂です。
でも、そんな答えでは怒ってしまいますね。
狂言役者は楽屋でも面白いですか?
ふだんも着物を着ていますか?
なぜカーテンコールをしないのですか
いつ拍手をしたらいいのですか
国立能楽堂の養成
装束を着てみたいんですけれども
なぜ女の人はプロになれないのですか?
能でも小道具って使うのですか?
「土蜘蛛(つちぐも)」で使う蜘蛛の糸が欲しいんですが、私でも買うことができますか?そして、一ついくらくらいですか?