価値はどこにあるか
1.バイオリンの値段
かつて私は、楽器屋でアルバイトをしていた。
楽器屋といっても、ヴァイオリンの専門店である。
ヴァイオリンの専門店といってもチェロもビオラも売っている。
チェロもビオラも売っているのだが、
売り上げの多くは、やはりヴァイオリンなのだが、
そんな細かいことはこの際どうでもよろしい。

そこはある大きなヴァイオリン店の、要するに、出店であった。
出店であるがゆえに、あんまり楽器の数は置いてない。
何しろ、無茶無茶狭い店なのである。

であるが、本店の方は、かなり大きな店であったようである。
支店があまりにも狭く、見苦しいため、
年に一度ほど、別会場を借りて、本店から大量の楽器を運び込み、
展示会を開くのである。
その楽器の量と質は、たいした物であった。

何しろストラディバリ、グァルネリ.デル.ジュスまであるのである。
無論それが本物であると確信を持って言える権限は、
私にはないのだが、
多分本物であったと考えている。

普通世間で、ヴァイオリンの名器といえば、ストラディバリウスであるが、
あの世界では、デル.ジュスの方が高く評価されている。
この両者は、作風はまったく正反対で、
ストラディバリウスが精密で美しい楽器を作るのに対して、
デル.ジュスは荒っぽく、いびつで、それでいてよく鳴るのだから、
やはり、デル.ジュスは天才だったのであろう。
(デル.ジュスの性格も、楽器の形どうりで、非常に激しく、
何でも人を殺して、刑務所に入ったことも有るそうである。)

音色の方も正反対で、ストラディバリウスは硬く、よく通る音である。
デル.ジュスは、性格に似合わず、柔らかく、大きな音がする。

どうしてデル.ジュスが一般にあまり知られていないかというと、
数が少ないのである。もともとそういう性格の人だったので、
作った楽器の数が少ない上に、
音が大きかったので、野外で使用されることが多く、
壊れたものが多いのである。

そのバイオリン制作の二代巨頭の楽器を、
私は実際に触ったのである。
これは、結構すごいことだと思う。

触ったのみならず、弾いてみたのである。

そもそもヴァイオリンという楽器は、ピアノやオルガンと違って、
ひく人によって音が違うのである。
上手な人は、いい音をだし、
下手な人は、いい音を出せない。

つまり、私が弾いたといっても、その楽器の全能力を引き出したとはいえないのである。
にもかかわらず、私はあえてここで断言しよう。
デル.ジュスの方は、確かにいい楽器であった。

ストラディバリの方は、
もしかしたら、上手い人がひくと、良い音を出すのかもしれないとはいえ、
私の感じた範囲では、大した事なかった。
ストラディバリウスといっても、色々有るのである。

考えてみれば、当たり前のことである。
レンブラントの絵が、すべて名作というわけでもない。
バッハの曲が、すべて名曲というわけでもない。

にもかかわらず、レンブラントの真作ともなれば、すべて高額で取り引きされる。
私の触った、非常に作りの見事な、しかしあまり鳴らないストラディバリも、
億の値がついていた。

バイオリンは音が命、という常識は、実は、嘘であった。

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