INTERVIEW 3
INTERVIEW1234
by 南條史生
−−これはちょっと私はインターネットのことを考えていると、時々そういうことを 思うんですが、インターネットというのはその被膜の位置が変わったような感じがす るんですね。情報とか、あるいは人間と人間の関係の被膜の位置が、いままでと違う 。それが近いというか、遠いというか、消えたというかわかりませんけれど…。そう いう意味でも、いま境界というものが見直されている時期かなという気がしますけど…。
津村: そうですね。やはりどんどん人間が外に出て行くようになったというか、旅 行とかもどんどんできるようになっている。どこにも行けるようになっているにもか かわらず、だから会いたい相手と会いに行くのは昔よりも楽になっているにもかかわ らず、電話ができていたりとか、インターネットができているわけですよね。すごく 便利で、会ったほうがいいのに、そこに何かを介在しているという状況は、全く別の コミュニケーションのスタイルがいまできているのだろうなと思うんですよね。 いま実際、これもインターネットで流しているわけなんですが、よくいわれるのが 、世界中の人たちが見ているからすごいよねというふうに言われるんですが、自分に とって世界中の人を瞬間的にイメージすることができないわけなんです。 いまこの現実しかイメージすることができなくて、世界中の人って、たしかパリに いたあの人と、ニューヨークで会ったあの人と、だれだれと、だれだれということは イメージできるんですが、世界中の人という、イッツ・ア・スモール・ワールドみた いな、そんなワールド感というんですか、そのものはまだ変わっていない気がするん ですよね。 いつも世界ということをいわれたときに、地球が描いてあって、その周りに人間が いっぱい立っている絵とか、よくありますよね。なんかあんな絵が思い浮かぶだけで…。
−−だから、逆にそういうふうに不特定多数の大量の人間とコミュニケーションがで きてしまう時代にこそ、1対1の関係の重要性がまた逆に浮かんでくるんじゃないで しょうかね。
津村: そうですね。そうですね。
−−このインターネットも、場合によると1対1の関係を作るというふうにも考えら れますからね。
津村: そうですね。また、その1対1の関係を多くの人が見ているという、いって みれば自然な状態というんですか、だれでも人間が歩いていて、会話して、生きてい るところを、はた目で見ている人もいてという、あまりにもはた目で見ることがいけ ないことだということになっちゃって、人のことは関係ないやとか、おせっかいはし ないほうがいいとかということになっちゃっているから、逆にインターネットという のは個人的なものが一つのエンターテインメントになっていて、周りの人がそれを見 ている。そういう逆療法みたいな、そういう効果もあるのかなと思ったりしますよね。
−−ファイナルホームというのは非常に極端なケースだと思うんですが、もう少 し一般的に津村さんが作られているファッションの特徴といいますか、こういうか たちで自分のファッションデザインというものを考えているというようなことがあっ たら、ちょっとお聞かせ願いたいんですが…。
津村: 年2回、パリコレをやっているわけなんですが、世界中の人たちに見せると いうステージなので、できるだけ自分のオリジナリティ、自分の環境のなかから出て くるオリジナリティは何なんだろうということを考えるんですね。 それは素材なんかでいえば、日本独自の、たとえば京都あたりでできる特殊な織り のものとか、化学繊維は日本は得意ですから、そのへんを使ってやるのがいいなとか 、素材面でいうとそういうことを考えているんですが、デザインというか、表現のな かに何か自分たちを取り巻く状況を入れていかざるをえないというんですか。 そうすると、たとえばアニメがはやっていたりとか、ゲームセンターがはやってい たりとか、何か子供っぽいアイドルがはやるとか、これはヨーロッパにはあまりない 現象というんですかね。だから、それをヨーロッパの人にファッションとしても見せ ていけたらいいなと思って作っていますね。 だから、自然とできてくるものが、ファンタジーというんですか、夢の世界の出来 事みたいなにはたぶんなっているとは思うんですが、それと普段着られるものとのレ ベルをどっちにずらすかみたいな格闘なんですよね。
−−非常にドレッシー、あるいはフェミニンな感じがあると思うんですが、ある意味 では非常にゴージャスなというか、エクストラバガントというんですか、そういう感 じ…。ただ、そのなかに非常にやわらかく線が弱いというよりは、むしろブルータル な感じというか、荒々しいような感じというのが非常に宿っているような気がするん ですよ。
津村: ええ。というのは、たとえばよくアニメなんかのストーリーにあるんですが 、たとえばある町があって、その町が戦場になって壊れちゃった。そこに何人かのグ ループが助けに行かなくちゃならない。 そうすると、いろいろな種類のキャラクターがいて、ある人は女性だけの戦士だと か、あるやつはすごくでかいレスラーのような人間、あるやつはすごい小さくて東洋 人なんだけれども、頭がいい科学者だとか、そういういろいろなキャラクターによっ てそのスタイルが違っていて、そういうやつらが移動して歩いている。そして、ちょ っと壊れかけた町とか村とかを助けて歩くみたいな、一種の遊牧民みたいな感じ、い ろいろなキャラクターが移動して活躍している感じというのを、いつもイメージする わけなんですね。 そうすると、そのなかには弱々しい人もいれば、マッチョな人もいるし、いろいろ いるみたいな…。
−−そのイメージだと、「スターウォーズ」なんかに出てくる宇宙船のなかに、やは りそういう人たちがいますね。何種類の人種とか、何々星人みたいなのが出ているじ ゃないですか。そういう感覚とも似ていますよね。
津村: そうですね。すごくアニメ的というか、映画的というか、そういう発想で一 つのステージを作りたいなと思っていますね。
−−でも、その環境というのは、ぼくが思うに一種の未来主義ですよね。たぶん「宇 宙船地球号」的な発想だと思うんですよ。最終的には、もちろんいまは民族間の闘争 とか、いろいろありますが、長い目で見ていったときに、そういうものが結果的に一 つの国になってしまって、一緒の共同体になっている。それが宇宙に出ていくみたい なイメージというのがあるじゃないですか。
津村: ええ、そうですね。
−−それは、アメリカのSFの「スペースオペラ」や何かには、しばしば登場するイ メージになっていますが、何かそういった未来主義というものが根底にあるというこ とになりますね、そうすると。
津村: そうですね。ただ、それと近いぐらいの現状が日常街なかでは起こっていた りするんですよね。
−−いますね。日本ではわりと最近だと思うんですよ。というのは、ぼくが中学ぐら いのときというのは、やはり外国人というのは少なくて、駅に外国人が立っているから、 みんな集まって、あそこに外国人がいるという世界だったと思うんですが、いまはそう いうことはほとんどなくなってしまって、日常見掛けるようになった。 さらにいえば、アメリカ、とくにニューヨークとかパリとかロンドンに行ったら、 ほとんどもう人種のるつぼになっているわけですよね。だから、そういう意味ではも ういまはたしかに現実化している世界である。 そのリアリティと、日本の先ほどおっしゃっていたような文化的なリアリティ、漫 画とか、そういうもの、そのアマルガムのなかから出てくるとすれば、その発想とい うのはものすごくある意味で深いですよね。深いリアリティがあるような気がしますね。
津村: それをまたパリコレで見せるというところに、パリコレクションというのも いつまで続くかわからないですが、どんどんそういう要素を入れて壊してというんで すか、活性化していくというか、そういうことができてくるといいなと思うんですけ ど…。
−−そうすると、ファッションというものを通して、作品を投げかけていくことによ って、何を具体的にはねらっているというふうに言えますかね。
津村: ほかのデザイナーさんはどう思っているのかわからないんですが、たとえば 自分の作ったものをできるだけ多くの人が着てもらうと、自分はもうかったりなんか しますよね。じゃあ、たとえばお金が入ってきてどうしたいかということになってく ると、たとえば環境を整えなくちゃいけないとか、自分の家だけじゃなくて、周りの たとえば学校とか教育とか、いろんなこともやらないと、結果的にはおもしろくなっ ていかない。 そうすると、自分だけの問題じゃなくて、周りからおもしろくしていかなくちゃい けない。それだったら、手っ取り早くいえば、もうけるというよりも、おもしろくし ちゃえばいい。だから、できるだけいままでにないようなものを提示していって、見 たことのない世界が起こってくればいいなと思うんですね。いわゆる映画のなかでは 行われているようなことが、現実にももっともっと起こってきて、エンターテインメ ント化されていくとおもしろいなと思いますよね。
−−そうすると、ちょっとサマライズするようで変なんですが、そうすると文化的な 環境を変えていこう。人間の周辺にある環境、しかも文化的な部分というものを変え ていこう。
津村: そう変えていけたらいいなというか、そういうきっかけにファッションが役 立つといいなとか思うんですよね。よく家電製品を売るときに、家電製品の隣にタイ トスカートをはいた女の人が立っていたりしますよね。全く関係ないんですが、その ファッションでそのもののイメージを変えていることになりますよね。 だから、場面のなかにいろんなファッションが入ることで、その場面の意味が変わ ってくるというんですか、さっき話したみたいに、外国人がいるだけでそのプラットホ ームの意味が変わるように、一つのステージになっちゃったように、いろんな意味を 変えられるパワーを持っているなと思いますね。女子高生なんかも、いまでいえば一 つのパワーなんでしょうが、集団で歩くといいますか…。